☆イタリアに残るビザンツの足跡

イタリア・ラヴェンナのサン・ヴィターレ聖堂にて

ローマ帝国が東西に分裂して西ローマ帝国が滅んだ後、東ローマ(ビザンツ)帝国のユスティニアヌス1世は、旧西帝国の領域の大きな部分を征服した。その多くはあっという間に失われたが、かなり長い間維持し続けた、数少ない領土のひとつにイタリア総督駐在地であったラヴェンナがある。今では名も無い、この小さな港町を訪れた理由はただ一つ、ビザンチンモザイクの傑作として名高い(けれども知らない日本人旅行者も結構多かったりするから、意外とマニアックかもしれない)、サン・ヴィターレ聖堂訪問である。八角形の聖堂内で、金ぴかのモザイクは薄暗い明かりに照らされてキラキラ光っていた。私と同時に、日本人の団体さんが観光に来ていたのには驚いたが。
滞在すること僅か数時間、まだ見ぬ幾多の教会を尻目に、最低限の所要を果たした私はラヴェンナを去って、一路ヴェネチアを目指す。線路の中に、西ローマ後にイタリアを支配した東ゴード王国の名君テオドリック大王の墓がひっそり鎮座していたのは驚いた。もー少し考えて鉄道敷けよな。
それにしても、ルビコン川を渡って「賽は投げられた!」と絶叫できなかったのが心残りのイタリア半島であった。

サン・ヴィターレ聖堂 8000リラ(博物館が空いていたら12000リラ)

なお、参考までに
ラヴェンナ駅コインロッカー 4000リラ/日

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